膝と足首の使い方

ひと言で言うと

膝と足首は、押す前に曲げて、押しながら伸ばします。曲げっぱなしでも伸ばしっぱなしでもありません。滑る力は、この沈み込みと伸び上がりの往復から出ます。

正しくやる

順番が決まっています。曲げてから、押す。

コロラドスプリングスのブロードモア・ワールドアリーナで教えるNatalya Khazovaコーチ(指導歴35年以上)は、ストロークの指示をこう書いています。腰をスケーティングフットの上に置いたまま、押す前に足首と膝を曲げること。押しながら曲げるのでも、曲げる勢いで押すのでもありません。曲げ終わった状態を作ってから、そこを起点に押します。

ここで注目したいのは、Khazovaが膝と足首を並べて書いている点です。「膝を曲げろ」と言われることのほうが圧倒的に多いのですが、実際に曲がっているのは膝だけではありません。

足首が固い つま先 膝が前に出ない 腰がブレードの外へ 3つとも曲がる つま先 膝がつま先の上 腰がブレードの上
足首が曲がらないと膝は前に出ない。3つの関節は連動している

では、どのくらい曲げるのか。ここは資料によって言うことが違います。

知的障害のある選手向けの国際大会を運営するスペシャルオリンピックスの指導ガイドは、バックストロークもTストップも「膝を軽く曲げる(Bend knees slightly)」で統一しています。一方、フィギュアコーチのKate Charbonneauは、クロスオーバーの練習で「終始しっかりした膝の曲げを保つため、低くとどまる」ことを要求し、ホッケーランジでは「とても深い膝」を求めます。世界・五輪レベルのコーチで振付師のPasquale Camerlengoにいたっては、ストロークで「できるだけ低くとどまれ」と言います。

軽くなのか、できるだけ深くなのか。これは矛盾ではなく、たぶん段階の違いです。 ただし「初心者は軽く、上級者は深く」と明言した資料は見つかりませんでした。そう読むのが自然だというだけで、資料がそう言っているわけではありません。

角度を数字で指定した指導は、フィギュアの範囲では見つかっていません。唯一「90度」という数値を出しているのはLaura Stammですが、これはホッケーのパワースケーティングの教材です。種目が違えば要求も違うので、フィギュアを習っている人がこの数字を目標にする根拠にはなりません。

そして、深ければ深いほどよいわけでもありません。ISUのアイスダンス審判向けハンドブック(2021-22シーズン版)は、アメリカンワルツの説明でこう釘を刺しています。踊りに軽快さを与える膝の動きは、よくコントロールされ、なだらかでなければならない。さもないと踊りが弾んでしまい、滑走者はフローとバランスを失いかねない、と。曲げること自体が目的になると、かえって流れが死ぬわけです。

深い 浅い 曲げ 時間 沈む 押す前 ここから押す 伸びる 押している間 曲げ直す 次の押しへ
ストローク1回のなかで膝は沈み、押しながら伸び、また沈む

押す前の沈み込みを横から見たところ。膝と股関節を折っても、上体は起こしたままにする
押す前の沈み込みを横から見たところ。膝と股関節を折っても、上体は起こしたままにする

曲げているつもりで曲がっていないとき、その兆候は足元に出ます。

スペシャルオリンピックスの指導ガイドには、症状と対処を並べた表(Faults & Fixes Chart)が課題ごとについています。この表のなかで、同じ組み合わせが12回繰り返し出てきます。症状は「選手がトウピックを引っかける」。対処は「もっと膝を曲げさせる」。

つま先が氷に当たったとき、原因をつま先に探しても答えは出ません。ガリッという音が出たら、まず膝を疑ってください。

ただし、いくら意識しても曲がらないことがあります。そのときは技術ではなく道具を疑う番です。

イタリアの5クラブに所属する95人のスケーター(6〜33歳、平均14.2歳)を調べた2015年の研究は、ブーツが足首に与える影響を両面から報告しています。ひとつは制限する方向で、ブーツは矢状面(前後方向)の足首の動きを妨げると書かれています。もうひとつは逆で、スケート靴はヒールが高いため、かかとが前足部より上がった状態になり、その分だけ足首の背屈の可動域はむしろ広がる

つまりブーツは足首を縛りもするし、助けもします。どちらに転ぶかは、履いている靴が足に合っているかで変わってきます。同じ研究で、適切なサイズのブーツを履いていたのは95人中30人、32%でした。

突き詰める

膝と足首をセットで名指しした定義が、採点の側にひとつだけあります。

ISUが2024年7月29日付で出しているコンポーネンツのチャートで、Skating Skillsは多様性、明確さ、バランスとグライド、フロー、パワーとスピードの観点から見られます(ペアとアイスダンス、シンクロにはユニゾンが加わります)。このうち4番目のフローの説明が、こうなっています。体全体が滑らかに、調和して、力みなく動く能力。それは、しなやかな膝と足首の動きから始まる(starting from a fluid knee-ankle action)。

フローは結果であって、その源は膝と足首だ、と言い切っているわけです。

もっとも、ISUの文書ならどこにでも書いてあるわけではありません。同じ2024年に出ている、criteria名だけを並べたチャートのほうを全文で確認すると、そちらにはkneeもankleも一度も出てきません。説明の欄がついた版にだけ、膝と足首は現れます。 同じ団体の同じ年の資料でも、どちらを見たかで結論が変わります。

膝の記述がいちばん濃いのは、アイスダンスです。

ISUのパターンダンス審判向けハンドブックは、総則で「スケーティングレッグの膝は、リズミカルな上下を伴ってしなやかであるべき」と定めています。さらに驚くのは点数帯ごとの説明で、10点から3点まで、各段階の記述の先頭近くに膝が置かれていることです。以下は2021-22シーズン版のハンドブックにある表で、出所はISU Communication 2313と記されています。10点と9点は「深く流れるような膝の動き(deep/fluid knee action)」。8点は「深くしなやかな膝の動きと力強いストローク」。7点は「強く柔軟な膝の動き」。6点は「平均以上の膝の動き」。5点は「いくらかの膝の動き」。4点は「ばらつきのある膝の動き」。そして3点は「限られた膝の動き」と「ときに硬い」。

採点の階段が、そのまま膝の階段になっている。 個別のダンスの説明にも「柔らかい膝の動きと流れがなければならない」(フォックストロット)、「上体は起こし、柔らかい膝、楽な流れ、滑らかな脚のスイング」(フィエスタタンゴ)と繰り返し出てきます。ここまで露骨に膝で採点する種目は、フィギュアのなかでもアイスダンスだけです。

さて、ここで矛盾に見えるものが出てきます。膝は上下する。では体も上下してよいのか。

上下させろと言う側ははっきりしています。スペシャルオリンピックスの指導ガイドは「選手が膝のdown-upの姿勢を使えていない」を矯正すべき症状として挙げ、アイスダンス系の課題では「立ち上がる、足を揃える、曲げ直す」とカウントごとに指定しています。米国連盟のチェックリストにも「ステップではなくストロークで滑れている──膝の曲げと伸びが見え始める」という表現があります。バッククロスオーバーを教えるNick Pernaコーチの説明では、膝が順番に回っていくあいだに「わずかな揺らぎ、わずかに脈打つような動き」が出るとされます。

一方、ロシアの体育大学向け教科書(ミーシン編、1985年)は、クロスの技術的特徴を挙げるなかで、強く曲げた支持脚と押し脚の完全な伸展に続けて、「体の上下動が無いこと」を条件にしています。Laura Stammも、ホッケーの教材ではありますが、伸び上がる動作は「次のプッシュを壊し、前進そのものも壊す」と書いています。

答えは、米国連盟のルールブックに書いてありました。ティータイム・フォックストロットの説明です。上下の動きは、膝の上下とステップの連続性のなかに現れるべきである。踊っている女性の頭の上に紅茶をなみなみ注いだカップが載っていても、一滴もこぼれないように、と。

膝は上下する。しかしその上下を頭まで伝えてはいけない。上下動を禁じているように見えたミーシン教科書の一行も、Stammの警告も、同じことを別の角度から言っているのだと読めます。禁じられているのは膝を動かすことではなく、動かした結果を体ごと持ち上げてしまうことです。

もっとも、膝の上下をどうやって頭に伝えずにおくのか、その具体的な方法まで書いた資料は見つかりませんでした。ここから先はコーチの領分だと思います。

足首については、使いすぎを戒める記述もあります。日本スケート連盟のスピードスケート育成ハンドブックは、基本姿勢を「足首を曲げ脛に寄りかかるような形で膝を前に出す」と説明する一方、両足スラロームの注意点として、曲がることを意識して弧が小さくなると「足首で操作してしまうようになる」と書いています。足首は前傾を作るための関節であって、進む方向を決める舵ではない、という区別です。スピードスケートの教材なのでフィギュアにそのまま当てはまるかは別の話ですが、足首を「曲げる」と「ひねる」は違うという指摘は覚えておく価値があります。

最後に、裏が取れなかったことを書いておきます。膝が硬いと流れが途切れる、着氷が硬くなる、といった説明はよく耳にしますが、コーチや団体の名前で書かれた一次資料としては確認できませんでした。資料に書かれている帰結は3つだけです。バランスを崩す、トウを引っかける、次のプッシュが死ぬ。フィギュアのストロークで膝の角度を実測した研究も、探した範囲では見つかりませんでした。膝はこれだけ言われ続けている割に、測られていません。

参考文献

  1. Natalya Khazova「Skating Skills」(Broadmoor World Arena、指導歴35年以上)
  2. Special Olympics Figure Skating Coaching Guide「Teaching Figure Skating Skills」(2006年12月版)
  3. iCoachSkating「All About Forward Crossovers」(Kate Charbonneau)
  4. iCoachSkating「20 Minute Warm Up Edge Class Part 1」(Kate Charbonneau)
  5. iCoachSkating「Russian Stroking」(Pasquale Camerlengo)
  6. iCoachSkating「How to Ice Skate Backward Crossovers」(Nick Perna)
  7. ISU「Judging System Handbook for Ice Dance Officials – Pattern Dances」(2021年8月5日現在版)
  8. ISU「Composition, Presentation and Skating Skills Charts」(2024年7月29日付)
  9. Skate Ontario「Three Program Components – Key Reminders and Guidance for Judges」(2023年10月更新)
  10. 2019-20 Official U.S. Figure Skating Rulebook(Tea-Time Foxtrot の記述)
  11. U.S. Figure Skating「Skater Checklist – Skating Skills」
  12. ISU Program Components(2024年7月版のチャート)
  13. А.Н.Мишин編『Фигурное катание на коньках』(Физкультура и спорт、1985年)第8章
  14. Laura Stamm「The Skating Pushes and Power Generation」(2004年/ホッケー)
  15. 日本スケート連盟スピードスケート強化部『スピードスケート育成ハンドブック』
  16. Campanelli et al., Lower Extremity Overuse Conditions Affecting Figure Skaters(Orthop J Sports Med, 2015)
  17. Recreational Ice Figure Skating / Basic Skills(Wikibooks)