重心

ひと言で言うと

体の重さは、いつも刃の真上に置きます。ただしブレードの「どこ」に乗るかは一点ではなく、前進・後進・回転で前後に使い分けます。

正しくやる

大原則はひとつだけです。重さは、乗っている足の真上に。

スペシャルオリンピックスの指導ガイドは、いちばん最初の課題「補助なしで5秒立つ」からこう指定しています。肩を腰の真上に置き、バランスの中心をスケートの中心の真上に保つ。この「真上に(directly over)」という言い回しは、課題が進んでも繰り返し出てきます。米国連盟の試験基準も、ストローク課題の評価項目の一つに「スケーティングフットの上でバランスが取れていること」を挙げています。

片足で滑るときは、足だけ真上に置いても足りません。指導歴35年以上のNatalya Khazovaコーチの指示は「腰をスケーティングフットの上に保つ」。足の真上に、腰ごと引っ越す。これが片足に乗り切るということです。

ここまでは左右の話です。次が前後。この記事の本題です。

同じスペシャルオリンピックスのガイドは、前進と後進で乗る場所の指定を変えています。前進は「体重はブレードの中央から後ろに」。後進は「体重は拇指球の下に」。逆なんです。 進む向きが変わると、乗る場所は前後で入れ替わります。

ただし後進の「前寄り」には限度があります。同ガイドの矯正表は、後進で前傾しすぎてトウが氷を擦る選手への対処をこう書いています。膝を曲げさせて、体重がトウピックではなく拇指球の上に来るようにする。前寄りといっても、ピックの手前まで。そこから先は乗る場所ではありません。

ブレードのどこに乗るか(横から・つま先は左) 拇指球 かかと 後進:拇指球の下 前進:中央〜かかと 乗らない ※刃の湾曲(ロッカー)は見やすさのため強調している
前進はブレードの中央から後ろ、後進は拇指球の下に乗る。トウピックは乗る場所ではない

この使い分け、フィギュアだけの作法ではありません。ホッケーのパワースケーティング指導者Laura Stammも、前進は「ブレードの後ろ半分(中央からかかと)」、後進は「前半分。ただし反り上がったつま先には乗らない」と書いています。基本姿勢の記事では「乗る位置の指定は資料でばらつく」と書きましたが、前後の入れ替えの向きだけは、種目をまたいで一致しています。

では、その前後の位置はどうやって動かすのか。上体を倒すのではありません。膝です。

スペシャルオリンピックスのガイドにあるフォアのスリーターン(片足で前向きから後ろ向きへ返すターン)の手順が、その見本になっています。スケーティングニーをわずかに立ち上げて前へロック(rock forward)し、腰を180度回してから、膝を曲げ直す。反対に、かかとに乗りすぎる選手への矯正は「膝を曲げさせる」。上体を前に倒すやり方は逆効果で、rec.skate FAQにあるとおり、前かがみは体重をつま先の方へ滑らせるだけです。前の記事で膝は「押す前に曲げる」ものだと書きましたが、もうひとつの仕事がここにあります。ブレード上の乗る位置は、膝の曲げ伸ばしで前後に転がして動かします。

左右の移動は、操作というより決断に近いものです。

前進ストロークの指定は「ひと押しごとに、体重を片方の足からもう片方へ均等に移す」。片方の足に乗り続けたまま器用に進む滑り方は、想定されていません。バッククロスオーバーの説明はもっと踏み込んでいて、クロスする前の時点で「外側の脚の体重は、もう内側の足の上にあるべき」。半分残して恐る恐る押すのではなく、乗せ切ってから押す、です。米国連盟の試験基準には「Weight shift push(体重移動の押し)」という項目名が繰り返し登場し、パワーの源として採点対象になっています。重心移動は移動のついでに起きるものではなく、それ自体が推進力です。

押すたびに、腰ごと新しいスケーティングフットの真上へ乗り換える。半分ずつ残さない
押すたびに、腰ごと新しいスケーティングフットの真上へ乗り換える。半分ずつ残さない

できているかの判定は単純です。片足グライドで腰が乗っているか。ふらつく場合、まず疑うのは足元より腰の位置です。

突き詰める

「ブレードのどこに乗るか」という問いが成立するのは、ブレードが前後にも丸いからです。

指導者団体PSAの教材によると、ブレードの接地部の後ろ約2/3は「プライマリロッカー」と呼ばれ、拇指球の下からかかとまでを受け持ちます。曲率半径は7フィートまたは8フィート(約2.1〜2.4メートル)。その前方は「スピンロッカー」で、こちらの曲率はフィートではなくインチ単位。つまり刃先に近づくほど急激に丸くなります。平らな区間はどこにもありません。だから乗る点をずらせば、氷に触れる点も転がって動きます。前後の重心移動とは、この数ミリの接地点をロッカーの上で転がすことです。

さらに、ドラッグピックの直前には接地できない区間があります。エンジニアのSid Broadbentが「Non Skateable Zone」と名づけた区間で、硬い平面の上では、この部分は浮いていて氷に触れません。実際の氷は刃が沈むぶん事情が緩みますが、ピック際が「乗る場所ではない」ことには構造の裏づけがあるわけです。

ロッカーの半径は、なぜ7〜8フィートなのか。PSAの教材に印象的な一行があります。主半径がスケーターの重心の高さより小さくなると、バランスを取ることはほぼ不可能になる。 逆に平らに近づくと、今度は機動性が許容できないほど失われる。実用域はおよそ5〜12フィートで、メーカーはその中央を狙っているそうです。数ミリ幅の刃に立てるのは、刃の丸みが体の重心の高さよりずっと大きい円だから。道具の側が、最初から重心の物理に合わせて作られています。

このロッカーの違いは、手で研ぐ職人の目にも見えています。羽生結弦選手や宮原知子選手が頼る職人として紹介されている研磨職人の櫻井公貴さんは、インタビューでカーブのきつさや取り付け位置によって滑りやすさや用途が変わると語り、ゴールドシールというブレードを別モデル(パターン99)と比べて「ロッカーカーブもゴールドシールの方が角度がきついんです。つまり前後にグラグラ動きやすい」と説明しています。グラグラは欠点ではありません。前後に動きやすい刃とは、乗る位置を積極的に動かす滑り手のための刃です。

動いているときの「真上」には、注釈が要ります。ロシアの体育大学向け教科書(ミーシン編、1985年)は、片足で弧を描く滑走を「基本の運動様式」と位置づけ、そこに働く力を式で解いています。結論のひとつがこれです。弧の上を動的平衡で滑るとき、刃が氷を押す力は常に体重より大きい。体重と等しくなるのは直線だけ。 圧の大きさは体の質量、速度の2乗、弧の半径、体軸の傾きで決まります。カーブで感じるあの「氷に押しつけられる感じ」は気のせいではなく、体重超過分の実在する圧です。同じ教科書は、滑走中の体の重心はブレードとほぼ平行に動くとも書いています。重心は氷の上に静かに置いておくものではなく、刃と並走させるものだ、という描像です。

最後に、指導が割れて見える論点をひとつ。スピンで乗る位置です。

スペシャルオリンピックスのガイドは、スピンの矯正を「拇指球と下のトウピックに体重を保つ」とし、片足スピンの説明では「下のピックが氷を擦りながら」回るとしています。スピン指導で知られるKim Ryanコーチも、バランスを取る場所は「拇指球と下のトウピックの間」。ところがミーシン教科書は、回転の抵抗を減らす観点から「ブレードの前方1/3に乗り、ピックは氷に触れさせず、擦らせないのが有利」と書いています。位置はどの資料も刃の前方でほぼ一致していて、割れているのはピックを擦ってよいかどうか。入門指導の許容と力学的な理想の差、と読むのが自然だと思いますが、そう明言した資料はないので、読みは読みとして書いておきます。

裏が取れなかったこともあります。滑走中にブレードのどこへ乗っているかを実測した研究は、探した範囲で見つかりませんでした。コーチの間で広く使われる「スイートスポット」という言葉も、位置を定義した一次資料を確認できなかったため、この記事では使っていません。ターンの瞬間にどの点で回すかの明文は、スリーターンの記事で改めて探します。

調べ終えて残った実感はこうです。重心は「置き場所」ではなく「操作」です。真上は守る。前後は使う。左右は乗せ切る。

参考文献

  1. Special Olympics Figure Skating Coaching Guide「Teaching Figure Skating Skills」(2006年12月版)
  2. U.S. Figure Skating「Skater Checklist – Skating Skills」
  3. Natalya Khazova「Skating Skills」(Broadmoor World Arena、指導歴35年以上)
  4. Professional Skaters Association「Understanding The Figure Skating Blade」
  5. А.Н.Мишин編『Фигурное катание на коньках』(Физкультура и спорт、1985年)第4章
  6. iCoachSkating「Layback Spin – Part 2」(Kim Ryan)
  7. Laura Stamm's Power Skating, 4th Edition(Human Kinetics 抜粋)
  8. rec.skate FAQ「Posture」(Karen Bryden編)
  9. 中川政七商店の読みもの「羽生結弦や宮原知子が頼るブレード職人を訪ねて」