基本姿勢

ひと言で言うと

頭からブレードまでを一本の線にして、その線をブレードの真上に立てること。膝は軽く曲げます。この先の技術は全部この上に乗ります。

正しくやる

最初にやることは、立つことではありません。座って、立ち上がることです。

米国連盟の入門プログラムは、最初の級の最初の課題を「氷に座って立ち上がる(Sit on ice and stand up)」と定めています。滑る前に、転ぶ前提で組まれているわけです。立ち上がるときは両方の刃を同時に着かないこと。片膝を立てて、そちらの刃だけを氷に置いてから起き上がります。両足を揃えて立とうとすると、刃が滑って体が置いていかれます。

立てたら、点検するのは3か所です。軸、膝、視線。

は、頭からブレードまでが一本につながっているかどうか。米国連盟は採点基準のなかで姿勢を独立した項目に立てていて、その定義はこうです。腰、背中、腕と肩、頭がスケートの上に正しく並んでいること。特別な動きでない限り背中はまっすぐで、背骨と頭は氷面に対して垂直。腕は肩から外へ伸ばし、水平でリラックスさせる。フリーレッグはフリーヒップからつま先まで一直線で、わずかに外向き。

つまり「まっすぐ」だけでは足りず、まっすぐな線がブレードの上に来ているかが問われます。

は軽く曲げます。資料の言い方には幅があって、「slightly bent」と控えめなものから「自分が思っているより曲げろ」まで。角度を数字で指定した指導は、コーチ名が確認できる資料の範囲では見つかりませんでした。伸ばしきらないこと、それだけは全資料が一致しています。

視線は前。足元を見てはいけない理由は、単に危ないからではありません。パワースケーティングの指導者Laura Stammは、うつむいたり猫背になったりすると体重が前へつんのめってバランスを失うと書いています。下を見る動作そのものが、姿勢を壊す入口になっています。

乗れている ブレードの上 前に流れる ここで折れる 軸が2つに割れる 後ろに落ちる かかとの後ろへ 体重が落ちる位置
一本の線になっていれば体重はブレードの上に落ちる。腰で折ると軸が2つに割れ、後ろに倒れると体重がかかとの外へ出る

腕の位置は段階で変わります。入門では前に出す指導が広く、日本の子ども向けの解説には「両手を斜め前に出してペンギンさんの姿勢」とあり、ロシアの体育大学向け教科書(ミーシン編、1985年)も初心者は腕をやや前に伸ばすと書いています。ストロークの練習に進むと横へ移り、rec.skate FAQは「体の横にやや下げて約45度、掌は下向き」。どちらかが間違いではなく、順番の問題です。

横から見た基本姿勢。膝は前へ曲げ、上体は起こしたまま。頭からブレードまでが一本の線に乗る
横から見た基本姿勢。膝は前へ曲げ、上体は起こしたまま。頭からブレードまでが一本の線に乗る

崩れ方には型があります。多いのは腰から折る前傾で、これは本人の感覚では安定しています。コーチのKate Charbonneauは、そこをはっきり否定しています。「お尻を後ろに引いて体を前に倒すのは楽ですが、正しくありません。膝をつま先の上に出すほうが、正しい姿勢の助けになります」。楽だから正しくない、という指摘です。もうひとつは後傾で、体重がかかとより後ろに落ちると、そのまま後ろに転びます。

いくら意識しても足首が内側に倒れてふらつく場合、それは技術の問題ではないかもしれません。靴紐の締め方かサイズを先に疑ってください。

これは印象論ではありません。イタリアの5クラブに所属する95人のスケーター(6〜33歳、平均14.2歳)を調べた2015年の研究では、適切なサイズのブーツを履いていたのは30人、全体の32%だけでした。同じ研究は素足とスケート靴の両方で足首の曲がりも測っています。測定できた85人のうち、スケート靴のほうがよく曲がった人が43人(51%)。残りは素足より浅くなり、うち14人は差が2センチを超えていました。膝が曲がらない原因が、脚ではなく足元にあることは十分にありえます。

できたかどうかは、片足で立てるかどうかで測れます。コーチのNick Pernaは、滑らずに片足でバランスを取れるスケーターは、たいていグライド中のエッジもコントロールできると書いています。止まったまま片足で立てないなら、動きながら乗れるはずがありません。

突き詰める

そもそも、スケートで立つのは無理筋です。

指導者団体PSAの教材によると、フリースタイル用ブレードの厚み(2つのエッジの間の距離)は0.14〜0.155インチ、およそ3.6〜3.9ミリ。しかも刃の底は平らではなく、ホロー(溝)が削られていて、氷に触れるのは溝の両側の縁だけです。支持面は数ミリの幅すらなく、2本の細い線。刃は前後にも7〜8フィート(約2.1〜2.4メートル)の曲率で湾曲しているので、前後の接地も一点に近い。立つための面がどこにもありません。

刃を正面から見た断面 約3.6〜3.9mm ホロー(溝) 氷に触れるのは両縁の2本だけ ※フリースタイル用。ダンス用はさらに薄い ※溝の深さは見やすさのため強調している 上から見た接地面 普通の靴 面で立つ ブレード 線で立つ
ブレードの断面。ホローが削られているため、氷に触れるのは両縁の2本の線だけになる

その上で、姿勢は最初に習って、そのあとずっと採点され続けます。

米国連盟のSkating Skills評価項目はAからJの10個ですが、うち5つが姿勢に触れています。姿勢そのものを定義したH(Posture/carriage)だけではありません。Bのエッジの質は「スケーティングフットの上に体が正しく並んでいることから始まる」と、姿勢を起点に定義されています。Dは「general carriageは直立していること」を求め、Eは「上体の正しく直立したcarriageを乱さずに」速く動けと書き、Jは強さの成果物の第一に「good posture」を挙げています。姿勢は10項目のうちの1項目であると同時に、ほかの項目の前提条件でもある。 これが、基本姿勢を「最初にやる簡単なこと」で終わらせない理由です。

一方、ISUの採点では事情が違います。現在のSkating Skillsの基準は、エッジ・ステップ・ターン・動きと方向の多様性、それらの明確さとボディコントロール、バランスとグライド、フロー、パターンと氷面のカバー、パワーとスピード。carriageという語はありません。2012年の規則ではcarriageはPerformance/Executionの独立項目で、2016年と2018年の規則にも「Carriage & Clarity of movement」として残っていましたが、2022-23シーズンの改定(5つのコンポーネントを3つに統合したISU Communication No. 2494)で、Program Componentsの基準から語ごと消えました。

ただし「ISUは姿勢を見ない」と読むのは誤りです。ボディコントロールやclarityとして効きますし、アイスダンスのパターンダンス規定には姿勢の明文が今も残っています。曰く、carriageは直立しているべきだが硬くなってはいけない、頭は上げて。この「直立だが硬直しない(upright but not stiff)」という一行は、理想をよく言い当てていると思います。背筋を伸ばせと言われた子が全身に力を入れて棒立ちになる、というのはよく見る光景です。

級ごとの扱いも示唆的です。Skate CanadaのSTAR 1(2020年11月版)は、フォアのエッジ、スリーターン、スパイラルサークルなど6つの課題のすべてに「Carriage/Clarity」という評価基準を置いています。最初のテストから、どの課題でも姿勢を見られるわけです。ただし要求水準は級で動きます。STAR 3のシルバーは「そこそこ直立しているが、姿勢に多少の崩れがある」で通る。米国連盟も段階的で、2019-20年版ルールブックではPre-Preliminaryが「技術やcarriageやフローに大きなものは期待しない」、Pre-Juvenileになると「良い姿勢が要求され、強く重視されなければならない」。最初から見られるが、最初から厳しくはされない。

指導が割れている点も書いておきます。上体を垂直に保つか、やや前に傾けるか。Laura Stammは「上体を垂直に保ち、背筋を使って背中をまっすぐに」と書き、rec.skate FAQも「膝はやや曲げ、背中は少し反らせ、頭はまっすぐ」を理想とします。一方、スケート靴メーカーRiedellの解説は「足首から少しだけ前に傾ける、腰からではなく」。ただし対立して見えて共通項があります。腰から折るな、という点です。前傾を勧めるRiedellも「waistからではない」とわざわざ断っている。傾ける支点が足首なのか、そもそも傾けないのか。そこが分かれ目です。

ブレードのどこに乗るかも指定が違います。Wikibooksは「拇指球のすぐ後ろ、ブレードの中央」、rec.skate FAQは「中央のやや後ろ」。ここまでは近い。ところがLaura Stammは前進時に「ブレードの後ろ半分(中央からかかと)」を指定します。もっとも、Stammの本はホッケー向けのパワースケーティングです。種目が違えば最適な位置も違うと考えるのが妥当で、フィギュアを習っているなら、まずコーチの指定に従うところです。

最後にひとつ。「スケーターはバランス感覚が優れている」とよく言われます。Western大学のBakerとBarkwellは、女子フィギュアスケーター9人と学生9人をフォースプレートに15秒立たせ、圧力中心が支持基底面の中心から半径5mm以内に留まった時間の割合を比べました。通常の状態では両群に有意な差はありませんでした。 差が出たのは、ターンテーブルで6秒回転させた直後だけです。9人ずつの小さな研究ですが、基本姿勢の練習が育てているのは「じっと立つ能力」ではなく、崩れたところから戻る能力なのかもしれません。

裏が取れなかったこともあります。日本スケート連盟のフィギュアのバッジテストは、姿勢の採点基準を書いた公式文書の公開を確認できませんでした(スピードスケートのバッジテスト規則は公開されています)。膝の曲げ角度の定量値も、出所をたどれる資料の範囲では見つかっていません。

参考文献

  1. U.S. Figure Skating「Skater Checklist – Skating Skills」(Posture/carriage の定義)
  2. 2019-20 Official U.S. Figure Skating Rulebook(Rule 5032 / 級別の期待水準 Rule 5101・5103)
  3. U.S. Figure Skating Basic Skills 1-8(Basic 1「Sit on ice and stand up」)
  4. ISU Program Components(2024年7月版)
  5. ISU Communication No. 2494(2022年のコンポーネント改定)
  6. Skate Canada Skills Assessment STAR 1(2020年11月版)
  7. Skate Canada STAR 3 Skills Assessment(2023年8月版)
  8. Campanelli et al., Lower Extremity Overuse Conditions Affecting Figure Skaters(Orthop J Sports Med, 2015)
  9. Professional Skaters Association「Understanding The Figure Skating Blade」
  10. Laura Stamm's Power Skating, 4th Edition(Human Kinetics 抜粋)
  11. {'iCoachSkating「Skating Fundamentals': 'One Foot Balance」(Nick Perna)
  12. iCoachSkating「All About Forward Crossovers」(Kate Charbonneau)
  13. Riedell Skates「Ice Skating Posture」
  14. rec.skate FAQ「Posture」(Karen Bryden編)
  15. Recreational Ice Figure Skating / Basic Skills(Wikibooks)
  16. А.Н.Мишин編『Фигурное катание на коньках』(Физкультура и спорт、1985年)第6章
  17. スポーツすくすくねっと「親子で楽しく滑れるようになるコツ」(監修:貞刈康隆)
  18. {'Baker & Barkwell, Regulation of Balance After Spinning(WURJ': 'Health and Natural Sciences Vol.7 Issue 1)